工務店やリフォーム会社では、役員報酬を「なんとなく前年と同じ」「利益が出そうだから少し上げる」と決めてしまうケースがあります。しかし、役員報酬は会社の経費になる一方で、社長個人には所得税・住民税・社会保険料がかかります。つまり、会社だけでなく個人側の負担まで含めて見なければ、本当の手残りは判断できません。
特に建築業は、月ごとの入金差が大きく、材料費や外注費の支払いも先に発生しやすい業種です。繁忙期の利益だけを見て役員報酬を高く設定すると、閑散期に資金繰りが苦しくなることがあります。反対に、報酬を低くしすぎると個人の生活費や住宅ローン審査、将来の年金にも影響します。現場が躓くポイントは、法人税だけを見て役員報酬を決めてしまうことです。

会社に利益を残したいけれど、社長の生活費も必要です。いくらにすれば損をしにくいのでしょうか。



役員報酬を上げれば法人税が減るなら、高めに設定したほうが得だと思っていました。
この記事では、工務店が役員報酬を決めるときに見るべき法人税・所得税・社会保険料・資金繰りの判断軸を整理し、社内で毎年見直せる運用ルールまで解説します。
役員報酬は会社と個人の税金を同時に見ることが出発点


役員報酬は、会社にとっては経費、社長個人にとっては給与収入です。会社側では役員報酬を増やすと利益が減り、法人税の負担を抑えやすくなります。一方で、個人側では給与が増えるため、所得税・住民税・社会保険料の負担が増えます。法人税とは、会社の利益に対してかかる税金です。所得税とは、個人の所得に対して段階的にかかる税金です。
法人税だけを見ると判断を誤りやすいです
たとえば、年間利益が1,200万円見込める工務店で、社長の役員報酬を大きく上げれば会社の利益は減ります。会社の税金だけを見ると得に見えます。しかし、社長個人の所得税や社会保険料が増え、会社負担分の社会保険料も発生します。社会保険料とは、健康保険や厚生年金などにかかる保険料で、会社と個人が原則として負担します。会社の法人税が下がっても、個人側と会社負担分を合わせると、手残りが思ったほど増えないことがあります。
工務店では資金繰りも同時に確認しましょう
工務店の実務では、完工前に材料費・外注費・人件費が先に出ていくことがあります。役員報酬を高く設定しすぎると、毎月固定で現金が出ていきます。固定費とは、売上の増減に関係なく毎月発生する費用です。役員報酬も固定費として資金繰りに影響します。利益が出る見込みでも、入金が翌月以降になる案件が重なると、資金残高が急に薄くなります。
判断テンプレ:役員報酬は「会社の税金が減るか」ではなく、「法人税・所得税・住民税・社会保険料・資金繰りを合計して、会社と個人の手残りが安定するか」で判断します。
役員報酬の第一判断軸は、会社単体の節税ではなく、会社と個人を合わせた年間手残りです。
役員報酬を決める前に確認する数字を整理
役員報酬を決める前に、まず年間の売上見込み、粗利、固定費、借入返済、納税予定を整理しましょう。粗利とは、売上から材料費や外注費など直接原価を差し引いた利益です。役員報酬は、この粗利から人件費や家賃、広告費、車両費などを差し引いた後に、どれだけ会社に利益を残すかを見ながら決めます。
年間利益の見込みを3パターンで作ります
工務店では、受注状況によって利益が大きく変わります。そのため、強気予測だけで役員報酬を決めるのは危険です。最低限、保守的・標準・好調の3パターンで利益見込みを作りましょう。たとえば、標準では営業利益800万円、保守的では400万円、好調では1,200万円という形です。営業利益とは、本業で稼いだ利益です。役員報酬を決めるときは、標準だけでなく保守的な数字でも資金が回るか確認します。
借入返済と納税資金を別枠で残します
失敗しやすいのは、利益をすべて役員報酬に回してしまうことです。借入返済は経費にならない元金部分があるため、会計上は利益が出ていても現金は減ります。さらに、消費税や法人税の納税時期が重なると、資金繰りが一気に苦しくなります。消費税とは、売上時に預かった税金から仕入れ時に支払った税金を差し引いて納める税金です。役員報酬を決める前に、納税用口座へ毎月積み立てる金額も決めておきましょう。
- 年間売上見込みを保守的・標準・好調の3パターンで作る
- 粗利率が前年より下がる案件がないか確認する
- 借入返済の元金部分を資金繰り表に入れる
- 消費税・法人税・社会保険料の支払い月を確認する
- 最低3か月分の固定費を会社に残せるか確認する
補足として、現場監督や営業担当者にも見込み案件の確度を確認しましょう。見積提出済みでも、契約前の案件は売上に入れすぎないことが大切です。社長だけで判断すると、期待値が数字に入りやすくなります。月次会議で受注確度をA・B・Cに分け、Aだけを保守的な利益見込みに入れる運用にすると、役員報酬の設定ミスを減らせます。
現場ヒアリング項目:今期の大型案件、粗利が低い案件、入金が遅れそうな案件、追加工事が見込める案件、外注費が増えそうな案件を月次で確認します。


法人税・所得税・社会保険料の関係を表で確認


役員報酬の金額を考えるときは、税金の種類ごとに「誰に、どのタイミングで、どのように負担が出るか」を分けると整理しやすくなります。法人税は会社の利益にかかります。所得税と住民税は社長個人の所得にかかります。社会保険料は会社負担と個人負担があり、給与額に応じて増えます。
できることとできないことを分けて考えます
役員報酬は会社の利益調整に使えますが、自由に変更できるわけではありません。定期同額給与とは、毎月同じ金額で支給する役員給与のことです。原則として、事業年度の途中で利益が出そうだから増やす、資金が苦しいから下げるという扱いは慎重に判断する必要があります。損金とは、税金計算上の経費として認められる金額です。役員報酬が損金として認められないと、会社の税負担が増えることがあります。
| 項目 | できること | 注意点 |
|---|---|---|
| 法人税 | 役員報酬を適切に設定し、会社利益を調整する | 会社に利益を残さなさすぎると資金繰りが弱くなる |
| 所得税・住民税 | 個人の生活費と手取りを見ながら報酬を決める | 報酬を上げるほど個人側の税負担が増えやすい |
| 社会保険料 | 会社負担と個人負担を含めて年間コストを確認する | 給与だけでなく会社負担分も資金繰りに影響する |
| 資金繰り | 納税・借入返済・固定費を残して報酬を決める | 会計上の利益と現金残高は一致しない |
社会保険料の会社負担を見落とさないようにします
失敗しやすいのは、社長の手取りだけで役員報酬を考えることです。社会保険料には会社負担分があります。会社負担分は会社の経費になりますが、現金支出であることに変わりはありません。たとえば役員報酬を月額10万円上げると、個人の税金だけでなく、会社が負担する社会保険料も増えます。工務店では車両費、外注費、広告費、現場管理費も同時に増えやすいため、役員報酬の増額は固定費全体の見直しとセットで行いましょう。
社内共有テンプレ:役員報酬を変更する場合は、法人税の増減だけでなく、個人の税負担、社会保険料の会社負担、毎月の資金残高への影響を一覧で確認してから決定します。
役員報酬のシミュレーションでは、税金だけでなく社会保険料の会社負担まで含めることが重要です。


工務店向けの役員報酬シミュレーション手順
役員報酬の正解は、会社の利益額、社長の生活費、借入返済、採用計画、設備投資の有無によって変わります。そのため、絶対額で判断するのではなく、毎年同じ手順で比較することが大切です。シミュレーションとは、複数の条件を置いて結果を試算することです。工務店では、報酬を低め・中間・高めの3案に分けて比較すると判断しやすくなります。
3案比較で手残りと安全性を見ます
たとえば、月額役員報酬を40万円、60万円、80万円の3案で比較します。それぞれについて、会社に残る利益、法人税、社長個人の手取り、社会保険料、期末の資金残高を並べます。ここで大切なのは、税金が最も少ない案を選ぶことではありません。会社に残す資金が少なすぎると、急な設備故障、採用費、広告費、外注費の先払いに対応できなくなります。工務店では、最低でも固定費3か月分を会社に残す基準を作ると判断しやすくなります。
社長の生活費から逆算する視点も必要です
役員報酬を低く設定しすぎると、社長個人の生活費が不足します。結果として、会社からの立替精算が増えたり、役員貸付金が発生したりすることがあります。役員貸付金とは、会社が役員にお金を貸している状態を示す勘定科目です。金融機関から見ると、会社資金と個人資金の区分が曖昧に見えることがあります。借入を予定している工務店では、役員貸付金を増やさない運用も重要です。
- チェック1:社長個人の毎月の必要生活費を確認したか
- チェック2:会社に固定費3か月分以上の資金が残るか
- チェック3:消費税と法人税の納税月に資金不足が出ないか
- チェック4:採用・車両・設備投資の予定を反映したか
- チェック5:金融機関に説明できる利益水準が残るか
補足解説として、役員報酬の試算は税理士に丸投げするのではなく、社内側でも前提条件を整理して渡しましょう。税理士は税務の専門家ですが、現場の受注確度、外注費の増減、採用予定までは社内でしか分かりません。社内で前提をまとめてから相談すると、より実態に合ったシミュレーションになります。
シミュレーション依頼テンプレ:今期の利益見込みは保守的に〇万円、標準で〇万円、好調で〇万円です。役員報酬を月額〇万円・〇万円・〇万円にした場合の法人税、個人税、社会保険料、会社資金残高を比較したいです。


役員報酬を決めた後の運用ルール


役員報酬は、決めた後の運用が重要です。税務上の扱いでは、役員報酬の改定時期や支給額の一貫性が問題になりやすいため、議事録や社内資料を残しておきましょう。議事録とは、会社で決定した内容を記録する書類です。工務店では社長と経理担当だけで口頭決定してしまうことがありますが、後から根拠を確認できないと、税理士や金融機関への説明が難しくなります。
決定根拠を残すと金融機関にも説明しやすいです
金融機関は、会社の利益、役員報酬、借入返済能力を見ています。役員報酬が高すぎて会社利益が薄いと、会社の返済余力が弱く見えることがあります。反対に、役員報酬が低すぎる場合も、社長の生活費が別の形で会社から出ていないか確認されることがあります。返済余力とは、借入金を無理なく返せる力のことです。役員報酬の決定理由を資料化しておくと、金融機関との面談でも説明がしやすくなります。
月次でズレを確認する仕組みを作ります
役員報酬を決めた後も、毎月の試算表で利益と現金残高を確認しましょう。試算表とは、月ごとの売上・費用・利益を確認する会計資料です。失敗しやすいのは、決算直前まで数字を見ないことです。建築業では、1件の大型案件で利益が大きく変わります。月次で確認していれば、広告費の調整、外注費の見直し、借入相談、納税資金の積立など、早めに手を打てます。
運用ルールテンプレ:毎月10日までに前月の試算表、資金繰り表、受注見込み表を確認します。役員報酬そのものは安易に変更せず、広告費・外注費・納税積立・借入相談で調整します。
社内で回す場合は、経理担当が数字をまとめ、社長が受注見込みを確認し、税理士へ相談する流れを固定しましょう。現場担当には、追加工事の見込みや外注費の増減を月末に共有してもらいます。役員報酬は経営者だけの話に見えますが、実際には現場利益、営業計画、採用計画、資金繰りとつながっています。


よくある失敗と回避策
役員報酬の失敗は、単なる節税ミスでは終わりません。資金繰り、金融機関評価、社長個人の生活、従業員採用に影響します。特に工務店では、現場ごとの利益差が大きく、売上が増えても現金が残らないことがあります。売上高とは、商品や工事を提供して得た総収入です。売上高が大きくても、粗利率が低ければ手残りは少なくなります。
利益が出た年だけ高くする発想は危険です
好調な年に役員報酬を大きく上げると、翌年以降の固定費が重くなることがあります。特にリフォーム会社では、補助金需要や大型案件の影響で一時的に売上が伸びることがあります。一時的な利益を毎年続く前提で報酬に反映すると、翌期に資金繰りが苦しくなります。改善のコツは、単年利益ではなく、3年平均の利益水準を見ることです。
個人支出と会社支出の混同を防ぎます
役員報酬を低くしすぎた結果、個人の支出を会社経費に入れたくなるケースがあります。しかし、事業に関係しない支出は会社経費にできません。経費とは、事業に必要な支出として認められる費用です。個人支出と会社支出が混ざると、税務調査時の指摘だけでなく、社内経理の混乱にもつながります。社長の生活費は役員報酬で確保し、会社経費とは分けて管理しましょう。
注意書きテンプレ:役員報酬は節税目的だけで決めません。会社に残す資金、社長個人の生活費、金融機関への説明、社会保険料の負担を確認したうえで、毎期の開始時に見直します。
- 法人税を減らすためだけに報酬を高くしない
- 社長の生活費を無視して報酬を低くしない
- 利益見込みに未契約案件を入れすぎない
- 社会保険料の会社負担を忘れない
- 納税資金を期末に慌てて用意しない
社内運用では、決算前だけでなく、期首・半期・第3四半期で確認する場を作りましょう。役員報酬そのものを途中で安易に変えるのではなく、利益予測と資金残高のズレを把握し、早めに経費や投資計画を調整することが大切です。
役員報酬の失敗を防ぐには、単年の節税ではなく、3年単位の利益・資金・生活費で判断しましょう。
まとめ|役員報酬は毎年見直せる仕組みにする


役員報酬に唯一の正解はありません。工務店にとって大切なのは、法人税、所得税、住民税、社会保険料、資金繰りを一体で見て、会社と個人の手残りが安定する金額を選ぶことです。会社に利益を残しすぎても個人の生活が苦しくなり、個人に取りすぎても会社の資金力が弱くなります。
明日から試せる一歩は、現在の役員報酬について、月額を変えた3パターンの比較表を作ることです。あわせて、固定費3か月分の資金、納税資金、借入返済、社長個人の必要生活費を確認しましょう。数字を並べるだけでも、どの金額が危ないのか見えやすくなります。
社内で定着させるには、期首に役員報酬の方針を決め、月次で利益と資金繰りを確認する流れを作りましょう。経理担当、現場責任者、税理士が同じ前提で数字を見られるようになると、感覚ではなく根拠を持って判断できます。
役員報酬は、会社と社長個人の両方を守るために、毎年同じ手順でシミュレーションして決めましょう。









