建設業の2024年問題は「残業ができない」だけの話ではありません。繁忙期に合わせて無理に現場を回すと、勤怠の集計が崩れ、残業代の計算間違いが連鎖します。特に「週によって所定労働時間が違う」「休日出勤が多い」「現場ごとに打刻がバラバラ」という会社ほど、月末に辻褄合わせをしがちです。
そこで実務的な選択肢になるのが、繁忙期と閑散期で所定労働時間を調整できる「変形労働時間制」です。変形労働時間制とは、一定期間の平均で法定労働時間(原則1週40時間)に収めるように、日や週の所定労働時間を組み替える制度です。運用の作り方を間違えると、制度を入れたのに残業代が増えたり、未払いリスクが増えたりします。
現場が詰まるほど「早出・移動・段取り・片付け」が増え、勤怠のズレが起きます。ここを放置すると、残業上限に引っかかる前に、賃金計算のミスで揉めます。

忙しい月だけ長く働かせたいけど、残業代の計算が合っている自信がないです。月末に手修正してしまっています。



変形労働時間制にすれば残業代が出なくなると思っていました。制度を入れたら解決しますよね?
この記事では「制度選定→導入手順→勤怠と残業代の整合→現場運用」の判断軸を整理し、残業代の計算ミスを潰すゴールを明確にします
建設業の2024年問題で「残業代ミス」が増える理由


2024年4月から建設業にも時間外労働の上限規制が適用され、現場の段取りが「残業ありき」で組めなくなりました。時間外労働の上限規制とは、36協定(時間外・休日労働協定)を結んでも、残業時間に罰則付きの上限がかかるルールです。原則は月45時間・年360時間で、特別条項を使う場合でも超えられない上限があります。
この状況で起きやすいのが、残業時間そのものより「賃金計算の整合崩れ」です。工務店の実務シーンでは、次のような動きが重なります。
- 雨や資材遅延で工程が後ろ倒しになり、同じ月に複数現場が重なる
- 職人手配の都合で、休日出勤と平日振替が入り混じる
- 早出や移動が増え、打刻のルールが現場ごとにブレる
- 監督や事務が月末に「帳尻合わせ」して入力を直す
ここで失敗しやすいポイントは、「所定労働時間」と「法定労働時間」と「時間外労働(残業)」の区別が曖昧なまま、集計だけを急ぐことです。法定労働時間とは、労基法で原則1日8時間・週40時間と決まっている基準時間です。所定労働時間とは、就業規則や勤務カレンダーで会社が決めた通常勤務の時間です。変形労働時間制を使うと、日や週の所定労働時間が変動するため、計算ロジックを揃えないと残業代の判定が崩れます。
改善のコツは「現場の繁閑に合わせた勤務カレンダー」と「勤怠締めの運用ルール」を先に決め、給与計算が自動で回る形にすることです。運用イメージとしては、現場(打刻)→監督(週次確認)→事務(締め処理)→給与計算(集計)という流れを固定し、例外の処理方法だけをテンプレ化します。
2024年問題の本丸は「残業時間を減らす」ではなく、繁忙期でも賃金計算が崩れない勤怠設計に切り替えることです。
変形労働時間制の種類と、工務店での選び方
変形労働時間制にはいくつか種類がありますが、工務店で現場の繁忙期に合わせて調整するなら「1年単位の変形労働時間制」が候補になりやすいです。1年単位の変形労働時間制とは、最大1年間を対象期間として、忙しい時期に所定労働時間を長くし、閑散期に短くして、平均で週40時間以内に収める制度です。
比較表:工務店が迷いやすい「できること/できないこと」
| 制度 | できること | できないこと・注意 | 向く現場 |
|---|---|---|---|
| 1か月単位の変形 | 月内で所定を調整し、繁忙週を作りやすい | 月をまたぐ繁閑調整ができないため、工期が月跨ぎだと崩れやすい | 月内で繁閑が完結しやすい業務 |
| 1年単位の変形 | 繁忙期・閑散期で所定を配分し、年間で整合を取りやすい | 勤務カレンダーを事前に作る負荷がある。例外処理が多いと運用が破綻する | 工期が季節要因や発注集中で偏る工務店 |
| フレックスタイム | 個人ごとに始終業を調整しやすい | 現場常駐や朝礼が必須だと運用しにくい | 設計・積算・事務など内勤中心 |
| 裁量労働制 | 成果で管理しやすい | 対象業務が限定され、現場監督の一般業務では適用が難しい | 対象要件に合う専門業務のみ |
失敗しやすいポイントは「1年単位なら何でも調整できる」と思い込み、例外が日常化する運用にしてしまうことです。例えば、勤務カレンダーでは所定休日なのに、現場都合で当たり前に出勤して振替も曖昧になると、所定と実績が乖離し、残業判定が壊れます。
判断軸:制度選びは「現場の波」と「例外の頻度」で決める
制度の選び方は、現場の繁閑の波が「月内で収まるか」「季節で偏るか」を先に見ます。次に、例外(急な休日出勤・工程変更・応援配置)がどれくらいの頻度で起きるかを見ます。ここでは、本文+箇条書き+補足解説の形で判断を整理します。
- 繁忙が季節や年度末に偏る:1年単位の変形が候補
- 繁忙が月末・月初で波打つ:1か月単位の変形が候補
- 例外が毎週のように発生:制度より先に工程・手配の標準化が必要
- 内勤比率が高い職種が中心:フレックスを職種限定で検討
補足として、例外が多い会社は「制度を入れるほど複雑になり、計算ミスが増える」状態になりやすいです。この場合は、制度の前に「打刻ルール」「振替休日の取り方」「応援時の所属現場の決め方」を固定し、例外の種類を減らす方が早く効きます。
【制度選定・判断テンプレ(そのまま社内稟議に使う)】
1)現場の繁忙はいつ集中するか(例:3〜4月、9〜11月)
2)月内で繁閑が完結するか/月をまたぐか
3)休日出勤・工程変更の例外は月に何回起きるか
4)勤務カレンダーを「事前に確定」できるか(できない理由は何か)
5)結論:1年単位の変形を導入する/しない(代替策:打刻・振替ルールの標準化)
1年単位の変形を選ぶ基準は「季節で繁忙が偏る」かつ「勤務カレンダーを事前確定できる」の2点です。
1年単位の変形労働時間制:導入手順を「漏れなく」進める


1年単位の変形労働時間制は、手順を飛ばすと制度が成立せず、結果として「ただ所定をいじっただけ」になりがちです。導入には、就業規則への規定に加えて、労使協定を締結して届け出る必要があります。労使協定とは、労働者代表と会社が、制度の内容に合意したことを示す書面です。
手順1:対象者と対象期間を決め、勤務カレンダーを作る
最初にやるべきは、対象者(監督・大工・事務など)と対象期間(最大1年)を決め、1年分の勤務カレンダーを作ることです。工務店の実務では、繁忙期だけ所定を伸ばし、閑散期に短縮する設計になります。失敗しやすいのは、カレンダーが未確定のまま運用を開始し、現場都合で毎週変更が発生することです。制度は「事前の計画」が前提なので、変更が常態化すると未払いリスクが高まります。
【現場ヒアリング項目テンプレ(カレンダー作成前)】
・繁忙期の想定(受注集中、引渡し集中、検査集中の時期)
・休日出勤が起きる典型パターン(立会い、近隣対応、是正工事)
・朝礼や現場常駐の必須時間帯
・移動時間を勤怠に含める基準(直行直帰の扱い)
・週次で必ず確保したい休息日(連続勤務になりやすい時期)
手順2:就業規則と労使協定の整備、届出まで一気に進める
次に、就業規則に「1年単位の変形労働時間制を採用する」旨と、始業・終業時刻、休日などを整備します。並行して労使協定を作り、所轄の労働基準監督署へ届け出ます。届け出様式は厚生労働省の主要様式として整理されており、協定届の提出が前提になります。
失敗しやすいポイントは「就業規則だけ直して、労使協定と届出が後回し」になることです。これだと現場はすでに変形で動いているのに、制度としては未整備という状態になり、賃金計算の根拠が弱くなります。改善のコツは、就業規則・労使協定・届出を同じスケジュールで回し、施行日を明確にすることです。
【労使協定に必ず入れる項目テンプレ(抜け漏れ防止)】
①対象労働者の範囲(部署・職種・雇用形態)
②対象期間と起算日(例:4/1起算で1年間)
③労働日・労働日ごとの労働時間、または勤務カレンダーの定め方
④労働時間の限度に関する取り扱い(週・日、連続勤務の管理方法)
⑤協定の有効期間、見直し手順(例外発生時の変更ルール)
運用イメージとしては、導入前月に「1年カレンダー案→現場ヒアリング→修正→労使協定→就業規則改定→届出→説明会」の順で進め、導入後は「月次で例外を集計し、翌月にルールを補修する」流れにします。制度は一度作って終わりではなく、例外の種類を減らす運用が要になります。
残業代の計算間違いを防ぐ:勤怠ルールと集計ロジックの作り方
残業代の計算ミスは、給与ソフトの問題ではなく「入力の前提」がズレていることが原因です。ここで言う残業代は、時間外労働に対する割増賃金(通常賃金に一定率を上乗せして支払う賃金)です。変形労働時間制では、日や週の所定が変動するため、法定超過と所定超過が混ざりやすくなります。
まず統一する:打刻・移動・直行直帰の扱い
工務店の実務シーンでズレが出るのは、現場への直行直帰や移動の扱いです。「現場着を始業」「事務所出発を始業」「朝礼の開始を始業」などが混在すると、同じ働き方でも残業判定が変わります。失敗しやすいポイントは、監督ごとに解釈が違い、事務が月末に推測で補正することです。
改善のコツは、始業・終業の定義を就業規則・運用ルールで一本化し、例外を許可制にすることです。運用イメージは「現場打刻は必須」「修正は申請」「承認者は監督リーダー」「事務は承認済みだけ反映」とし、修正のログを残します。
【勤怠修正申請テンプレ(チャットに貼る文面)】
・対象日:YYYY/MM/DD
・現場名:〇〇現場
・修正前:始業__:__/終業__:__
・修正後:始業__:__/終業__:__
・理由:直行のため/資材受取のため/近隣対応のため
・添付:現場写真、納品書、移動記録(ある場合)
残業判定の順序を決める:所定→法定→割増
残業判定は順序を固定するとミスが減ります。おすすめは「所定労働時間を超えたか→法定労働時間を超えたか→割増率を当てる」の順です。ここでの割増率は、時間外や休日に対して上乗せする率のことです。月末に揉める会社は、最初から「全部残業」として集計し、後で調整しているケースが多いです。
失敗しやすいポイントは、1年単位の変形で「その日の所定が9時間」の日があるのに、8時間を超えた分を自動で残業にしてしまうことです。制度上、適法に組んだ所定であれば、所定9時間の日に9時間働いても直ちに法定超過とは限りません。逆に、制度の組み方が不適切だと、所定として処理した時間が法定超過と判定され、未払いになります。判断が難しいため、就業規則・労使協定・カレンダーと勤怠設定を一体で見直します。
社内で回す運用イメージは、週次で「監督が所定との差分を確認」し、月次で「事務が法定超過の疑いを抽出」して、給与確定前に是正します。抽出条件は固定し、担当者の勘に頼らない形にします。
【残業代計算チェックリスト(給与確定前)】
□ 勤務カレンダー通りの所定になっているか(所定休日の出勤が混ざっていないか)
□ 勤怠修正は申請・承認済みだけが反映されているか
□ 週40時間を超えた週がないか(集計の週区切りが統一されているか)
□ 休日労働の定義(法定休日/所定休日)が混同されていないか
□ 同一人物で現場別に打刻が分断されていないか(合算漏れ)
残業代ミスを減らす最短ルートは「打刻定義の一本化」と「判定順序(所定→法定→割増)の固定」で、月末の手修正を無くすことです。
現場が回る運用設計:繁忙期でも破綻しない「例外処理」の決め方


制度を入れても、繁忙期に破綻する会社は「例外処理が増え続ける」構造を持っています。工務店では、工程変更・応援配置・休日出勤の3つが例外の主因になりやすいです。ここを放置すると、カレンダーは形だけになり、勤怠が現場都合で上書きされ、残業代の計算根拠が曖昧になります。
改善のコツは、例外をゼロにするのではなく「例外の入口と出口」を決めることです。入口は申請・承認のルール、出口は振替休日や代休の取得期限、そして給与確定までの修正期限です。運用イメージとしては、監督が週次で例外を集計し、事務が月次で「例外の種類別に件数」を見える化します。件数が多い例外は、翌月にルールを補修します。
- 工程変更:変更理由と影響日を記録し、勤務カレンダー変更の要否を判断する
- 応援配置:所属現場を決め、打刻と集計の合算漏れを防ぐ
- 休日出勤:法定休日か所定休日かを事前に判定し、振替の締切を決める
失敗しやすいポイントは、休日出勤を「後で代休にする」と口頭で済ませ、結果として未取得のまま給与だけが確定することです。休日の扱いが曖昧だと、休日労働の割増や振替の判定が崩れます。ここは現場監督に任せきりにせず、事務がチェックできる形にします。
【例外運用ルール(社内掲示・就業規則の補足として運用)】
1)勤怠修正の申請期限:当日〜翌営業日まで
2)休日出勤の事前申請:原則2営業日前(緊急は当日可、理由必須)
3)振替休日の取得期限:当月内(やむを得ない場合は翌月〇日まで)
4)給与確定の締切:毎月〇日、以降の修正は翌月で調整
5)例外の件数が月〇件を超えたら、翌月にルール見直し会議を実施
社内定着のコツは「監督の負担を増やさない」ことです。監督がやるのは週次での承認だけにし、入力や集計は事務が担います。代わりに、監督が承認しないと給与に反映されない仕組みにすると、自然にルールが守られます。
まとめ|変形労働時間制は「勤怠設計」で残業代ミスを止める仕組みです
建設業の2024年問題では、時間外労働の上限規制により、これまでの「残業で吸収する工程」が通りません。だからこそ、繁忙期でも賃金計算が崩れない勤怠設計が必要です。1年単位の変形労働時間制は、年間の繁閑を前提に所定労働時間を配分できる制度であり、導入手順(就業規則・労使協定・届出)を揃えることが出発点です。
明日から試せる一歩は、制度の前に「打刻の定義」「勤怠修正の申請ルール」「休日出勤と振替の締切」をテンプレで固定することです。社内共有は、監督に負担を寄せず、週次承認と月次の例外件数だけを見える化すると定着します。
判断軸は「勤務カレンダーを事前確定できるか」「例外処理を数字で固定できるか」です。この2点を揃えれば、残業代の計算ミスは現場が忙しいほど減らせます。









