戸建ての省エネ提案は慣れていても、集合住宅になると判断が急に難しくなります。界壁や床スラブで断熱が切れる、設備の更新範囲が住戸ごとに違う、オーナーと入居者の調整が増えるなど、現場の負担が一気に膨らみます。
さらに補助金は、申請時期や工事着工のタイミングを間違えると対象外になります。担当者が変わるたびに説明がぶれると、営業も現場も迷い、結果として「やめておこう」で終わりがちです。現場が躓くポイントは、ZEH-Mの要件と補助金の段取りを同じ台本で回せていないことです。

オーナー向けに省エネ提案したいけど、どこまで改修すればZEH-M扱いになるのか判断できません。現場も戸建てと勝手が違って不安です。



補助金は後から申請すれば良いですよね。工事を先に進めて、書類は終盤でまとめれば間に合うはずです。
この記事では、ZEH-Mの要件と補助金の段取りを「誰が見ても同じ判断ができる形」に整理し、明日からオーナー提案と現場段取りを回せるゴールを作ります
ZEH-Mの基本を小規模工務店向けに噛み砕く


ZEH-Mは、集合住宅(マンション・アパート)で省エネ性能を高め、一次エネルギー消費量の削減など一定の基準を満たす取り組みです。一次エネルギー消費量は、冷暖房・換気・給湯・照明など建物で使うエネルギーを同じ尺度に換算した指標です。戸建てZEHと同じ言葉でも、集合住宅は「共用部と専有部」「住戸単位と棟単位」「オーナーと入居者の利害」が入り、設計・施工・運用の前提が変わります。
ZEH-Mの評価は「どの範囲を対象にするか」で決まります
集合住宅の省エネは、専有部(各住戸)だけを高性能化するのか、共用部も含めて建物全体を底上げするのかで、必要な検討が変わります。例えば、オーナー提案で多いのは「空室対策のために募集力を上げたい」「光熱費を抑えて入居者満足を上げたい」という目的です。この場合、専有部の断熱・設備更新が中心になりますが、共用廊下や階段室が外気にさらされると温熱環境の体感がぶれます。現場では、工事範囲の線引きを最初に決めないと、見積と申請の整合が取れなくなります。
BELSやBEIは「第三者の見える化」だと理解しましょう
BELSは、建物の省エネ性能を第三者が評価しラベルとして示す制度です。BEIは、設計上の一次エネルギー消費量が基準に対してどれだけかを示す指標で、数値が小さいほど省エネです。小規模工務店が押さえるべきポイントは、計算と評価を社内で抱え込まず、設計者・評価機関・設備業者と「どのタイミングで何を確定させるか」を合意しておくことです。ここを曖昧にすると、仕様変更が連鎖して現場が詰まります。
ZEH-M初回ヒアリング項目テンプレ(オーナー・管理会社向け)
・対象:新築/改修、棟全体/住戸単位、共用部の改修有無
・目的:空室対策/家賃維持/売却価値向上/修繕計画の一部として実施
・制約:入居中工事の可否、工期の上限、騒音・臭気の制限、立入可能時間
・既存情報:図面の有無、過去の修繕履歴、設備年式、漏水・結露の悩み
・意思決定者:オーナー/管理会社/理事会(分譲混在の有無)
小規模工務店がZEH-Mを手掛けるメリットを実務で整理する
ZEH-Mに取り組む最大のメリットは、戸建て中心の商圏でも「アパートオーナー」「管理会社」「修繕工事の相談窓口」へ提案が伸びることです。集合住宅の省エネ改修は、外壁塗装や屋上防水のような単発工事と違い、断熱・窓・設備・換気が絡むため、提案設計ができる会社が限られます。小規模でも、段取りと判断軸を標準化すれば、競争が緩い領域で指名されやすくなります。
アパートオーナー提案は「家賃と空室」を言語化すると刺さります
オーナーが見ているのは、補助金そのものではなく収益です。省エネ改修を「入居者の光熱費削減」だけで語ると、投資回収が見えず止まります。ここで効くのは、募集力の向上と退去抑制まで含めた説明です。例えば、窓と断熱と給湯の更新をまとめると、冬の室温が安定し結露が減り、クレームが減ります。クレーム対応は管理会社の負担で、オーナーにとっても目に見えない損失です。現場としても、戸建ての断熱改修で培った納まりと気密の考え方を、界壁や床の取り合いに応用できます。
改修は「住みながら工事」が前提なので工程設計が差別化になります
集合住宅の改修は、入居中が多く、段取りが品質を左右します。住戸ごとに設備更新日をずらし、共用部は短時間で切り上げ、騒音工程をまとめるなど、工程そのものが提案価値になります。ここが弱いと、現場は無理な同時進行になり、施工不良やクレームにつながります。
ここからは、メリットを社内で説明しやすい形にまとめます。
- 戸建て以外の収益源として、オーナー・管理会社ルートが開きます
- 断熱・窓・設備の組み合わせ提案で、価格競争から抜けやすくなります
- 修繕計画と一緒に動くため、継続案件として相談が入りやすいです
- 評価や申請の型ができると、次案件の工数が大きく下がります
注意点は、最初の1件目で背伸びしないことです。全部盛りの提案にすると、見積と申請と現場が同時に難しくなります。まずは「窓改修+給湯更新」のように効果が説明しやすい組み合わせから始め、納まりと工程の型を作り、2件目から外皮強化を厚くする流れが安全です。
オーナー提案トークテンプレ(冒頭30秒)
「今回の省エネ改修は、補助金を取ることが目的ではなく、空室とクレームを減らして家賃を守ることが目的です。まずは住戸内の体感が変わる窓と給湯から優先順位を作り、入居中でも回る工程に落とします。補助金は、対象になりやすい工事から逆算して段取りします。」
補助金・制度情報は「金額」より「段取り」と「対象範囲」で勝ちます


補助金は毎年制度設計が変わるため、金額を暗記するより「申請が通る段取り」を社内標準にすることが重要です。交付申請は、補助金を受けるために必要書類を揃えて申請する手続きです。ZEH-M関連では、国の補助、自治体の上乗せ、設備更新や断熱改修に紐づく支援などが重なりますが、共通する落とし穴は「交付決定前に契約・着工して対象外になる」「対象範囲の線引きが曖昧で書類が戻る」の2つです。
補助金の整理は「工事分類」で切ると迷いません
現場側の判断を簡単にするには、工事を分類して整理します。例えば、外皮(断熱・窓)、設備(給湯・換気・照明)、計測(見える化)、共用部(LED化など)です。ここを分類しておくと、対象工事の入れ替えが起きても、社内の説明が崩れません。工務店の実務では、設備業者が先に発注を求める場面がありますが、申請前に発注して良いかどうかのルールを決めないと事故が起きます。
スケジュールは「申請→交付決定→契約→着工」を絶対順守します
補助金は、原則として交付決定前の着工が不可です。不可は「対象外になる可能性が高い」という意味ではなく、対象外になると理解して運用した方が安全です。営業が早く契約したい気持ちは分かりますが、現場が巻き込まれて損をします。対策は、オーナーに説明する順番を固定し、契約書に「交付決定を条件とする」条項を入れることです。曖昧に進めると、申請が遅れたときに値引き要求や工期短縮が起き、現場が壊れます。
| 項目 | 申請前にしてよいこと | 申請前に避けること |
|---|---|---|
| 見積・仕様検討 | 概算見積、仕様の優先順位付け、現地調査 | 補助対象として確定した体での最終発注 |
| 契約・発注 | 条件付きの事前合意(交付決定が前提) | 交付決定前の本契約、機器の確定発注 |
| 工事 | 緊急対応(漏水など)を補助金と切り離して実施 | 補助対象工事の着工、写真管理なしの先行工事 |
| 書類 | 図面・写真の整理、提出物の役割分担 | 期限直前の一括作成(差戻しで詰みます) |
社内稟議テンプレ(ZEH-M関連工事を受ける前の承認)
【案件概要】棟名/所在地/入居状況/工期案
【対象範囲】専有部/共用部/除外工事(補助対象外の可能性が高い工事)
【補助金段取り】申請担当/評価機関/提出期限/交付決定予定
【リスク】入居者対応/騒音工程/設備納期/追加工事の可能性
【判断】受注可否/価格の下限/着工可能日(交付決定後)
- 申請担当者を最初に固定し、窓口を一本化します
- 現地調査で写真を「部位別」に撮り、後で探さない運用にします
- 工事写真は「着手前・途中・完了」を最低セットで管理します
- 設備発注は「交付決定後に確定」の社内ルールにします
補助金は金額より順番が重要です。交付決定前に契約・着工しない運用を社内ルールとして固定しましょう。
集合住宅の省エネ改修で起きる「施工の壁」と潰し込み方
ZEH-Mの難しさは、性能そのものより「既存条件の制約」と「住みながら工事」にあります。熱橋は、断熱が途切れて熱が逃げやすい部分です。集合住宅では、床スラブや梁、界壁の取り合いが熱橋になりやすく、戸建ての感覚で断熱を足すだけでは効きが弱いことがあります。ここを放置すると、計算上は良くても、入居者が体感しないためクレームになります。
界壁・床・天井の取り合いは「できない前提」で代替案を用意します
界壁や床は、構造や防火の制約で触れないことがあります。この場合、窓・玄関ドア・換気・給湯など、触れる部位で効果を取りにいく設計に切り替えます。現場シーンとしては「室内の内窓は入れられるが、外壁側の断熱は難しい」「共用廊下側の冷えが強い」などです。失敗しやすいのは、触れない部位を無理に追いかけて、工期とコストだけが膨らむことです。改善のコツは、最初の現地調査で制約を洗い出し、代替の優先順位を決めることです。
設備更新は「住戸ごとの止水・停電・換気停止」を工程で潰します
給湯や換気の更新は、住戸ごとに生活影響が出ます。換気は、室内の空気を計画的に入れ替える仕組みです。止水や停電が必要な工程をまとめずにばらすと、入居者の不満が積み上がります。運用イメージとしては、管理会社と事前に案内文を配布し、在宅確認と立入時間を調整し、同一系統は同日にまとめて完了させます。現場は「今日はA室、明日はB室」と小分けにしたくなりますが、説明と対応が増えて逆に詰まります。
入居者対応は「言い方」と「約束」が品質になります
集合住宅の改修は、工事品質だけでなく、入居者対応の品質が評価になります。失敗しやすいのは、現場判断で当日のお願いを増やすことです。改善のコツは、事前に案内文で「何が起きるか」「いつ終わるか」「連絡先はどこか」を固定し、当日の変更を減らす運用にすることです。小規模工務店ほど、担当者が現場も窓口も兼ねるため、ここをテンプレ化して負担を落とします。
入居者向け案内文テンプレ(配布用)
【工事名】省エネ設備更新工事(給湯・換気等)
【期間】○月○日〜○月○日(住戸ごとの作業日は別紙)
【影響】作業中は一時的に断水/停電/換気停止が発生する場合があります
【立入】事前に管理会社より在宅確認の連絡をします。作業は原則○時〜○時です
【連絡先】管理会社○○/工事窓口○○(電話番号)
社内で回すための運用設計|見積・仕様・検査の型を作る


ZEH-M案件を継続受注に変えるには、担当者の頑張りに頼らず回す仕組みが必要です。特に小規模工務店は、営業が提案し、現場監督が段取りし、バックオフィスが申請を支える場面が多く、分業が曖昧だと破綻します。運用の要点は「見積の前提を固定する」「仕様変更のルールを決める」「検査と写真管理を標準化する」の3点です。
見積は「対象範囲」と「除外範囲」を先に書いて事故を防ぎます
集合住宅は追加工事が発生しやすいため、最初の見積で前提条件を明確にします。例えば、住戸内はどこまで、共用部はどこまで、設備は何年式まで想定するかなどです。失敗しやすいのは、オーナーの期待が広がり「ついでにここも」が連鎖することです。判断軸として、補助金対象に関わる工事と、単なる修繕を分け、段取りと価格を分離します。
検査は「性能」と「クレーム予防」を同時に確認します
性能面では、断熱材の欠損、窓まわりの気流、換気の風量不足などが不具合の種になります。気密は、隙間の少なさを示す概念です。集合住宅の改修では全棟での気密測定が難しいこともありますが、少なくとも施工写真とチェックリストで再現性を確保します。クレーム予防としては、室内養生、共用部の汚れ、騒音時間の順守が重要です。社内で回すには、監督が毎回ゼロから考えずに済む形にします。
見積書の前提条件テンプレ(本文に必ず入れる一文)
「本見積は、専有部(各住戸)における窓・給湯・換気等の更新を対象とし、共用部の追加工事、想定外の劣化補修、交付決定前の着工を要する工事は含みません。対象範囲の変更がある場合は、別途見積と工期調整を行います。」
- 着手前:対象住戸・共用部の写真を部位別に撮影し、フォルダ名を統一します
- 施工中:断熱・窓まわり・換気配管の要所を撮影し、隠れる前に記録します
- 完了時:設備の試運転結果(給湯、換気、リモコン表示)を写真で残します
- 引渡し:入居者への注意事項(換気の使い方等)を紙で渡し、説明済みを記録します
見積前提・仕様変更・写真管理を型にすると、担当者が変わっても同じ品質でZEH-M案件を回せます。
失敗しやすいポイントと改善のコツ|1件目を成功させる判断軸


ZEH-Mの1件目でつまずく原因は、技術不足より「判断の混線」です。営業は早く契約したい、現場は工程を守りたい、バックオフィスは申請を通したい。目的が揃っていない状態で走り出すと、どこかで破綻します。ここでは、ありがちな失敗と改善のコツを、実務シーンに落として整理します。
失敗1:交付決定前に発注してしまい、補助対象外になります
設備の納期が長いと、先に押さえたくなります。しかし、補助対象工事に紐づく発注は、交付決定後に確定する運用にしないと危険です。改善のコツは、メーカー仮押さえの可否を事前に確認し、可能なら「仮確保」と「本発注」を分けることです。判断軸として、補助金に紐づく工事は、契約も発注も条件付きに統一します。
失敗2:工事範囲が広がり、見積と工期が壊れます
集合住宅は「ついで修繕」が出やすいです。外壁、共用灯、インターホンなど、話が膨らみます。改善のコツは、補助金対象の省エネ改修と、通常修繕を見積書で分け、工程も別枠にすることです。運用イメージとしては、まず省エネ改修のコアを確定し、余力が出たら別途工事として追加します。
失敗3:入居者対応が後手になり、現場が疲弊します
入居者の不満は、騒音そのものより「知らされていない」「終わりが見えない」ことで増えます。改善のコツは、案内文と作業日程を固定し、当日の変更を最小化することです。現場監督が毎回説明しなくて済むように、管理会社経由の連絡ルートを決め、連絡先も一本化します。
1件目を成功させる運用ルールテンプレ(社内掲示用)
・工事範囲は「対象/除外」を見積に明記し、口頭追加を禁止します
・補助金関連の契約・発注・着工は「交付決定後」を原則とします
・入居者連絡は管理会社窓口に一本化し、当日依頼を増やしません
・写真は部位別フォルダで管理し、差戻しと探し物をなくします
まとめ|ZEH-Mで戸建て以外の提案幅を広げ、社内で回る型を作りましょう
ZEH-Mは、集合住宅の省エネ改修を「誰が見ても同じ判断ができる形」に落とせると、小規模工務店でも十分に戦えます。判断軸は、対象範囲の線引き、補助金の順番の順守、入居者影響を工程で潰すことです。明日からの一歩は、ヒアリング項目テンプレと案内文テンプレを社内共有し、1件目の進め方を固定することです。運用が回り始めると、オーナー提案が「単発」から「相談が続く窓口」に変わります。
まずは「工事範囲・申請順・入居者対応」の3点をテンプレ化し、社内の説明を一本化して定着させましょう。









